日々は楽しい♪

2017.05.05(金) 2004/5/5岡崎律子さんのこと

2004年5月5日に、僕等の大切な人、岡崎律子さんが、旅立たれました。


毎年この日に、この訃報を聞いた日のことを思い出します。
2004年5月11日がその日でした。
以下はその日の『日々は楽しい♩』です。

5月11日(火)


 14時半にTAHITI STUDIOに向かっていた。
韓国の話を宮崎なぎさとメールでやり取りしながら。
突然宮ねえのメールの内容が変わった。
「今、キングからファックスが来た。岡崎律子さんが亡くなったって、本当?」
TAHITI STUDIOへの階段を上りながらただ単純に、

「え?」


 と、返信して仕事場のドアを開けたら、ウチにもそのファックスが来ていた。


 訃報


 歌手・音楽作家の岡崎律子偽、敗血症性ショックにより、5月5日午前1時に永眠されました。


 ……。

 え……、と、そのファックを手に呆然としてた。


 長濱博史に電話。留守電。
「え……と、岡崎律子さんが……亡くなられたそうです。うそでしょ。信じられない。また電話する」
15時からこのスタジオで「イルか」の取材がある。
夕方からアフレコもある。
困った、涙が出てきた。
「凪」が聞きたい。
「J2」のサントラは……サントラはどこだ!
CDを乱暴にステレオにぶち込んで、いらつくように選曲して「凪」を掛けてエンドレス設定する。
呆然とイスに座る。
最後に会ったときの岡崎さんの顔、いつか偶然道ですれ違ったときの嬉しそうな岡崎さんの顔。初めて会ったときのときめく少女がような目を思い出していた。
「フルーツバスケット、大好きになりました。曲、頑張ります」大地はまだその時、この人がどんな人かもわからず、その熱いまなざしに「はい、よろしく」とそっけなく答えたっけ。
岡崎さんを本当に知ったのはその「フルーツバスケット」の主題歌のスケッチを聞いた時。
え……?
なんだこれは……。
「どこにでもあるようなアニメのОPではないものにしてください」
投げやりな注文に対して彼女はピュアにその通りの作品を作ってきてくれたのだ。
「凄い……。この歌は凄い……」
その曲を聴いて信じられないほど感動した長濱博史があの「フルーツバスケット」のОP映像を作り上げた。才能と才能が互いに愛し合った結果のОP映像だった。最高傑作だった。
泣けた……。
そしてその後も岡崎さんの歌は、大地の心にまっすぐに入ってきてくれて、その度に泣けた。
その岡崎さんが、いなくなった?
もういない?
この世から、消えてしまった?
そうなの?
泣けて泣けて……泣きまくった。
3時に取材陣がSTUDIOに来た。
その前に部屋を掃除して片づけるつもりが、何も出来なかった。
「すみません、岡崎さんが亡くなったもので、泣いていました。気持ちを切り替えましょう」
完成した「イルか!」の映像を何度も流しながら「アニメージュ」の取材に答えた。
大丈夫。
気持ちが落ち着いた。

 キングレコードや訃報を知らせた仲間から続々メールや電話が届いた。


 みんな一様に「大地さん、大丈夫?」と言ってくれる。
岡崎さんを大好きな大地のショックを気づかってくれて、自分自身もショックだった人も多いだろうに慰めてくれる仲間の気持ちが嬉しかった。
大丈夫。
大地は全然DAIJO-BU、DAIJO-BU!

 岡崎さん、今は全然、まだ全然実感が湧かない。


 岡崎さんの楽曲がまだ生きているから。
岡崎さん、ありがとう。大地にいい曲をたくさんありがとう。
そして、これからも、きっと、よろしく。

写真は、フルーツバスケットで雑誌の対談をした時の岡崎律子さんのオフショット。
阿佐ヶ谷ラピュタの山猫軒にて☆
岡崎律子さんの歌を聞いていて…ゆうべも聞いていて…涙が溢れてくるのは、決して岡崎律子のことを思い出して…ではなく、その歌がじかに胸に突き刺さって来るからです。言葉の力をこれほどまで強くそして優しく感じることはそうそうない。(twitterから)
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