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2017.07.18(火) 大地は「忍びの国」を絶賛する
http://www.shinobinokuni.jp/sp/index.html

「忍びの国」は新しい忍者映画として大成功作品だ。
いろいろと感想を書きたいのだがまだ日々に追われているので時間がなく書けない。(書いたっす。いろいろ忘れないうちに…熱いうちに書いたっす)
そんなうちに劇場公開を逃してほしくないのでとにかく叫んでおきます。
 
めっちゃ面白いっ!
  
まずは、実はこの映画、全く期待してなかったのだ。
ほんと、監督はじめとして制作スタッフさま、すみません、謝ります。サイコーでした。
何、期待してなかったかというと、実は原作を読んだところで、まずこの原作に対しても少し馴染めなかったのは正直ありましてな…和田竜先生ごめんなさい…単純に賢くない俺の読解力の問題だと思います。
そこに持ってきて、主演の大野くん、絶対違うと思った。大野くんファンゴメンね…。
さらに、昨今の日本映画…いや、ハリウッドも同じく、新作映画への期待はしないほうがいいという先入観に相違なかった。
で、結果、その全てがいい方向に裏切られることになるわけです。
大野くん、サイコーです。
演出、脚本サイコーです。
大地が原作読んで読解出来なかったことが、この映画ではものすごく分かりやすくなっていた。飲み込める演出になっていた。
と、こんなことはまだレベルとしては最低のところでの評価なので、次第に盛って行こうと思うよ。
 
先ずは冒頭の土遁の術のシーンで引き込まれた。この映画面白いかもしんねえと思ったのはこの冒頭のシーンであった。
つまり、掴みがめちゃしっかりしてる映画だった。構成が良すぎる。この思いは最後までつづく。構成がいい。
 
これまでの大地が愛してきた忍者映画とはなんであったろうか。
それは、任務のために命をかけ、時には命を投げ出し、雇い主のために働く非情の世界。クール。ひたすらクールでなくてはいけない。これが何よりも極上の忍者映画であったのだ。いや、それは今も変わらない。
だが、この「忍びの国」は真反対である。
クールというよりもドライ。 
任務は全て金でしか動かない。
伊賀全体が「伊賀忍者株式会社」なのだ。
まずそこがこの作品の真骨頂なのだ。
新しい。
まったく新しい忍者の世界観である。ある意味ドキュメンタリー要素もあるかもしれない。
 
金に汚い伊賀忍者の中でひたすらドライな忍びが無門である。
この無門役に大野くんの童顔丸顔が違うと思ったのは大地の見聞のなさで、見事にはまっていた。
大野くんの顔は典型的な日本人の顔なのかもしれないと映画を観て思った。この時代劇にこれほどうってつけの人材が他にいただろうか。
俺はポスターその他の写真に騙された。申し訳ないけどあのポスター、映画を観る気にさせてない。
アニメでもよくある全員集合…あ、信長の忍びでもやってるので人のこと言えない…に、加えて大野くんの顔、表情がこの映画の本編を想像させないんだもん。
そのドライさ、飄々さをことのほかやり過ぎないところで押さえている演技プランは監督のものだろうか、見事である。大抵が昨今のドラマはこの辺が甘いのだ。そこのところを徹底してくれたことが嬉しい。
脚本が、原作者である和田竜さん。原作者が脚本を書くなんてかなりもうそこだけであかんと思う。原作者が入り込んでくる仕事はまずつまらなくなる。そこがこの映画に期待してなかった理由のひとつである。が、これも裏切られた。だからこその「甘く」ならなかった要因であろう。徹底して原作のスピリッツが活きていた。無門が発する台詞ひとつひとつが痺れる。
そして完全に原作準拠。ひとつ申し訳ないことを書くとしたら原作のリズムより数段洗練されてて分かりやすくなっていた。
この原作に持つ感想は忘れなかったらまたあとで書きたい。メモしておくとしたら大地が忍者物のベーシックとして絶大なる信頼を置いている、村山知義さんの「忍びの者」に匹敵する原作となっているのである。
 
その飄々としたドライな大野無門はアクションシーンでさらに発揮する。
アクションシーンは特化して良い。
侍の殺陣では絶対にない。忍びのベースを押さえた上での地味と派手のバランスを持った、これまでの映画でも見たことのないアクションだった。なによりここが俺は評価が高い。
無門の攻撃の避け方が徹底的に省エネ。コレは殺陣の基本でもあるけど、最終的には大見得を切る古来の歌舞伎からくる間の取り方が大地は大好きなのだが、このアクションはそれとも違う。実にドライ。忍びの殺陣に他ならないという説得力があった。
ある番組で大野くんは息も出来なくなるほどだったとその苦労を語ったと聞いたけど、それだけのものになっていたと思うのだ。
そして、加えてアクションシーンは侍の殺陣(北畠具教を斬るシーンなど)も含めて実に良きタイミングで入ってくる。アクション好きの大地にサービスしているとしか思えないほどの見事な構成であった。そのひとつひとつのアクションにも凝っていた。「あずみ」の最初の映画以来かも知れないな、こんなわくわくした殺陣は。
 
大野くん以外のキャスティングも評価します。おかしなキャスティングは大地はなかったと思っている。
適材適所。
またあの役者かよ…みたいな予定調和なものではなかったように思えた。これは昨今のキャスティングが本当に鼻につく大地としては◎です。
石原さとみ。
この子を綺麗だとか、可愛いと思ったことがなかった。
だがなんと、今回初めていいな~と思った。好きになっちゃうかもです。
適材適所。
シン・ゴジラよりも存在感発揮していたなあ~。
 
そして、これがまた昨今の映画、ドラマで出来ない重要な要素、コメディを絶妙なバランスで入れ込んでいる。
シリアス一辺倒など誰でもできるのだ。また、無理やりな「笑わせ」を入れて滑ってる作品がほとんどの今、この作品の笑わせ方もまた理にかなった忍びの世界観を損なわない入れ込みであった。
個人的に好きなシーンは、集団で戦うシーンで派手な立ち回りの中、地味な連発吹き矢で敵を倒してるアクションシーン。
そして小茄子につられて戻ってくる忍者たちのCGの使い方。これは「少林サッカー」で味わった楽しみ方だ。
大地は基本CGは嫌いなのだが、こーゆーくだらない使い方は大賛成。
そしてこのシーンはカタルシスになっている。
忍びは主君への儀も忠誠もない。ひたすら業務なのだというリアリティ忍者映画。
トータルで見事だと言いたい。
ナレーションの方の名前におおとなり、無門が何度か変わり身で使うあの木のストラップは売ってないかと売店を巡り(なかった)、十二分に楽しめたのであります。
またもう一度観られる機会があれば、アクションシーンのみまんじりともせず堪能したいと思う。
 
ただ、ひとつだけ…、ちと長いかの。いや、長い感かな。
大地としては信雄が無門に矢を放ったあの辺りで終わりくらいかな感だった。
物語がそこで終わって欲しいわけではなく、終わりに相応しい尺はあのへんだろうなあとね。
あるいは、再び織田軍が攻めてきたあの十二家評定衆のひとりがどうんとなる辺り。
ラストのお国のシーンは要るかのう…。いや、要るよね。ないとねえ。ここもいいシーンなんだよねー。
要るよ。要る。
でも長い感が先に来てしまって。映画は90分…という主義なものなのでね…。
 しかし、そんなことは本当に些細なことだし、この映画の功績の邪魔にはならないと思うよ。
一緒に観た妻もほとんど同意見。
忍者仲間はそれぞれビミョーな異なる感想を持っているようです。
ひとそれぞれ。
でも、忍者普及の見地から、是非ヒットを願うのであります。
 
原作についてもうちょっと。
 
読んだのがちょうど一年前の小布施ハーフマラソンに出掛ける新幹線の中らしい。日記によると。出発前の東京駅の本屋で購入したようだ。
和田竜さんの小説は初めてだった。
「のぼうの城」は映画で観て、行田まで城を見に行ったりしたけどね。
長野まであっという間でそんなに読めなかったと書いてある。
小説はやはり解説が結構はさまり、ストーリーを分断する傾向にあったと思う。
正直、時間がなく細切れで読む、ましてや活字読みがかなり苦手な大地にとっては実に内容に入れなくて難儀をした。
しかし、この現象はかの村山知義作「忍びの者」と同様であることに気づいた。
「忍びの者」は品川隆二さんの東映テレビシリーズからぞっこん入った。大地の忍者好きになったきっかけの作品である。
あまりにわくわくしたので原作を購入。さっそく読み始めていきなり戸惑う。ひとつは、テレビシリーズと内容が全然違う点だった。全然というのは言い過ぎかな?でもほとんど違うよ確かに。と、いう理由もありつつ、それよりもストーリーのぶった切れであった。登場する忍者が術を使ったらそこから「万川集海」などからの引用で延々忍術の解説に入る。な、ものでストーリーを忘れる。もともとアタマの良くない大地であるために容易にストーリーに戻れない。それにしてもストーリーに戻ったところでまたすぐに長蛇の解説になる。ストーリーより解説本だろうこれと、十代の頃ではあったが、とてもストレスの多い読書となった。この「忍びの国」も少なからずそんなところがある。
だがこの村山知義さんの「忍びの者」はやがて大地のバイブルとなり、今、3度めではあるが読み直しに入っている。時を経て、改めて解説の部分の方が貴重になって来たのだ。そして、それが面白い。
「忍びの国」も映画を見た後に読み返したくなってる。
あとは時間が取れるかどうかの問題だが。
もしも、もしも、大地と同じような思いをしているひとは、原作読んで終わりにしないで映画を見よう。解説部分はビジュアル化されているのでストーリー展開を楽しめるようになっているよ。
そして原作準拠だから馴染める。
きっと読み返したくなるよ。
仲間からは原作に出てきて映画でカットされてるキャラを見たいという声がある。そこ、俺も忘れちゃってるので、原作だけの楽しみもありそうなので読み返しは有効かも知れない。
以上。久々にいい映画に出会ったので、つらつらと思いを綴ってみました。
 
あくまでも、大地の勝手な思いなので、いろいろ解釈違いとか、理解違いあったらご容赦です。根がアタマ良くないものでね…。
 
そして「忍びの国」が面白いと思ったら、是非、忍者に興味を持ってほしい。
忍者に詳しそうなこと書いてるけど、実は大地もあんまり詳しく研究してるわけではない。でも周りに詳しい人がたくさんいるので(忍者仲間)その人たちの話を聞いているだけで楽しいのだ。
三重大学の山田教授など「くノ一もいなかったし、手裏剣も持っていなかった説」など唱えて忍者界に激震が走ったりした。当の教授も本当はくノ一好きなのに「なんとかなりませんかね」と嘆願する人もいる。研究発表なんだからしょうがないんだよね。
事実が明らかになることと、忍者の世界にロマンを馳せるのとは別次元で楽しめばいいしね。
大野くん目当てで見てる人も多いとは思うのだけど「忍びの者」も見てほしい。
本当は東映の品川隆二さん版がオススメなのだけど、フィルムが残っておらず、唯一、横浜のフィルムセンターで閲覧は出来る。かなりエグいけど大地は大好き。
時代劇専門チャンネルでは「忍びの国」連動企画で市川雷蔵版の「忍びの者」を放送している。
これは割と原作準拠。
村山知義さんの原作も文庫本で手に入る。この度大地も単行本でも持っているにも関わらず、持って歩きたいので、文庫本2冊注文した。
1円だって。
1円でこの傑作が読めるなんて!
そして、「忍びの国」から少し離れるけど、9/1は「くノ一の日」なので、時代劇研究家の春日太一氏と阿佐ヶ谷ロフトAでくノ一映画を語る。是非聴きに来てほしい。
9月はくノ一月間として、9/17には「くノ一の集いイベント」も計画している。
よろしく☆なのである☆
http://kunoichi.ninjack.jp


さらに、自作「信長の忍び」では先般オンエアされた第36話「また闘る日まで」で北畠具教に茶々丸(後々信雄)が養子に入る時の描写がある。この「忍びの国」の話の発端となる部分である。
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